0110
序歌
第1句
兄弟たちよ、昔ながらの言葉で、イーゴリの軍勢の、イーゴリ・スヴャトスラヴィチの苦難の物語を語り始めるのがふさわしくはないだろうか。
第2句
だがこの歌は、ボヤンの思いつきによってではなく、この時代に実際に起きたことにそって始めよう。
第3句
予言者ボヤンは、誰かのために歌を作ろうとするとき、思いを木々の上に走らせ、灰色の狼となって地を駆け、青灰色の鷲となって雲の下を舞った。
第4句
ボヤンは昔の時代の争いの物語を覚えていた。そのときは十羽の鷹を白鳥の群れに放ち、先に追いついた鷹の白鳥がまず歌をうたった。老ヤロスラフのために、カソグの軍勢の前でレデジャを斬った勇敢なムスチスラフのために、美しいロマン・スヴャトスラヴィチのために。
第5句
だが兄弟たちよ、ボヤンは十羽の鷹を白鳥の群れに放ったのではない。予言する自分の指を生きた弦の上に置いたのだ。すると弦はおのずから、公たちの栄光を響かせた。
0210
日食と出陣
第6句
兄弟たちよ、この物語を老ウラジーミルから今のイーゴリまで語り始めよう。イーゴリは心を堅固さで引き締め、胸を勇気で研ぎ澄まし、
第7句
戦の気迫に満ちて、勇敢な軍勢を率い、ルーシの地のためにポロヴェツの地へ向かった。
第8句
そのときイーゴリは明るい太陽を仰ぎ、そこから来る闇が自分の兵士たちをすべて覆っているのを見た。
第9句
そしてイーゴリは従士たちに言った。
第10句
「兄弟たち、従士たちよ。捕虜になるよりは、斬られて死ぬほうがましだ。
第11句
さあ兄弟たちよ、足の速い馬にまたがって、青いドンを見に行こう」
第12句
公の心は欲望に燃え、大いなるドンを試したいという渇望が、彼から凶兆を隠した。
第13句
「ルーシの子らよ、おまえたちとともにポロヴェツの野の果てで槍を折りたい」と彼は言った。「そこにわが首を置くのも、兜でドンの水を飲むのも望むところだ」
第14句
おおボヤン、昔の時代のナイチンゲールよ。おまえがこの軍勢を歌ってくれたなら。思いの木を夜鳴く鳥のように跳び回り、心で雲の下を飛び、この時代の両半分の栄光を撚り合わせ、トロイアンの道を野を越えて山へと駆けながら。
第15句
そうすれば、イーゴリのために、あのオレグの孫のために、歌が歌われたはずだ。
第16句
「嵐が鷹たちを広い野の向こうへ運んだのではない。コクマルガラスの群れが、大いなるドンへ走っていくのだ」
第17句
あるいは予言者ボヤン、ヴェレスの孫よ、おまえはこう歌い出したかもしれない。
第18句
「馬はスラ川の向こうでいななき、栄光はキエフに響く。ラッパはノヴゴロドに鳴り、軍旗はプティヴリに立つ」。イーゴリは愛する弟フセヴォロドを待つ。
第19句
猛る雄牛フセヴォロドはイーゴリに言った。
第20句
「ただ一人の兄、ただ一つの明るい光、イーゴリよ。二人ともスヴャトスラフの息子だ。
第21句
兄よ、足の速い馬に鞍を置いてくれ。
第22句
私の馬はもう用意ができて、クルスクで先に鞍を置いてある。
第23句
私のクルスクの兵たちは戦を知り抜いている。ラッパの音の下で産着にくるまれ、兜の下であやされ、槍の穂先で育てられた。
第24句
道は彼らに知られ、谷は彼らになじみ、弓は張られ、箙は開かれ、サーベルは研がれている。
第25句
彼らは野の灰色の狼のように駆け、自分には誉れを、公には栄光を求めている」
第26句
そのときイーゴリ公は黄金の鐙に足をかけ、開けた野を進んでいった。
第27句
太陽は闇で彼の道をふさいだ。
第28句
夜はうめき、雷雨のような声で鳥たちを目覚めさせた。獣たちの叫びが湧き起こった。
第29句
ディヴが木のてっぺんで叫び、聞けと命じる。知られざる地に、ヴォルガに、海辺に、スラ川の流域に、スーロジに、コルスニに、そしておまえ、トムトロカンの偶像に。
第30句
ポロヴェツは道なき道を大いなるドンへ逃げていく。真夜中に荷車がきしむ、散り散りになった白鳥の声のように。イーゴリは兵たちをドンへ導く。
第31句
すでに鳥たちが彼の災いを待ち構えている。狼たちは谷間で嵐のように吠え、鷲は鳴き声で獣たちを骨のもとへ呼び寄せ、狐は緋色の盾に吠えかかる。
第32句
おおルーシの地よ、おまえはもう丘の向こうに消えた。
第33句
長い夜が闇に沈む。
第34句
朝焼けが光を灯し、霧が野を覆った。
第35句
ナイチンゲールのさえずりは眠りにつき、コクマルガラスのおしゃべりが目を覚ました。
第36句
ルーシの子らは広い野を緋色の盾でさえぎり、自分には誉れを、公には栄光を求めた。
0310
金曜の勝利
第37句
金曜の夜明けから、彼らは異教のポロヴェツの軍勢を踏みにじり、矢のように野へ散って、美しいポロヴェツの娘たちをさらった。ともに金も、絹も、高価なビロードも。
第38句
外套や雨よけや毛皮の上着、ありとあらゆるポロヴェツの模様織りで、沼地やぬかるみに橋を架け始めた。
第39句
緋色の軍旗、白い旗、緋色の房飾り、銀の槍柄。それは勇敢なスヴャトスラヴィチのものとなった。
第40句
オレグの勇敢な一族は野でまどろむ。遠くまで飛んできたものだ。
第41句
それは辱めを受けるために生まれたのではない。鷹にも、シロハヤブサにも、そしておまえ、黒い鴉、異教のポロヴェツ人にも。
第42句
グザクは灰色の狼となって走り、コンチャークはその跡を追って大いなるドンへ向かう。
0410
カヤーラの敗北
第43句
次の日、まだ早い時刻、血の色の朝焼けが夜明けを告げる。
第44句
黒い雲が海から来て、四つの太陽を覆おうとしている。その中では青い稲妻が震えている。
第45句
大きな雷が鳴り、大いなるドンから矢の雨が降るだろう。
第46句
ここで槍は折れ、ここでサーベルはポロヴェツの兜に打ち当たって刃こぼれする。カヤーラ川で、大いなるドンのほとりで。
第47句
おおルーシの地よ、おまえはもう丘の向こうに消えた。
第48句
見よ、風が、ストリボーグの孫たちが、海から矢を吹きつける、イーゴリの勇敢な軍勢に。
第49句
大地はとどろき、川は濁って流れ、砂ぼこりが野を覆う。
第50句
軍旗がざわめく。ポロヴェツがドンから、海から、
第51句
四方八方からやって来て、ルーシの軍勢は退いた。
第52句
悪魔の子らは叫び声で野をさえぎり、勇敢なルーシの子らは緋色の盾でさえぎった。
第53句
荒ぶる雄牛フセヴォロドよ。おまえは防ぎの陣に立ち、敵兵に矢を浴びせ、鋼の剣で兜を打ち鳴らす。
第54句
雄牛が黄金の兜をきらめかせて駆けたところには、異教のポロヴェツの首が転がっている。
第55句
焼き入れしたサーベルでアヴァールの兜が割られる。荒ぶる雄牛フセヴォロドよ、おまえの手で。
第56句
兄弟たちよ、名誉も、命も、チェルニゴフの町も、父の黄金の座も、愛しい妻、美しいグレボヴナのなじんだ姿も忘れた者にとって、傷など何ほどのものだろう。
第57句
トロイアンの世紀があり、ヤロスラフの年月は過ぎ、オレグの、オレグ・スヴャトスラヴィチの軍勢があった。
第58句
あのオレグは剣で内紛を鍛え、矢を地に蒔いた。
第59句
彼はトムトロカンの町で黄金の鐙に足をかける。
第60句
その響きは、遠い昔の大ヤロスラフも聞いていた。
第61句
そしてフセヴォロドの子ウラジーミルは、毎朝チェルニゴフで耳をふさいでいた。
第62句
ボリス・ヴャチェスラヴィチを裁きの場へ連れて行ったのは栄光への望みだった。勇敢な若い公オレグへの侮辱のために、彼はカニナ川のほとりで緑の屍衣を敷かれた。
第63句
同じカヤーラから、スヴャトポルクは父をハンガリーの側対歩の馬に挟んで、キエフの聖ソフィアへ運ばせた。
第64句
そのころ、オレグ・ゴリスラヴィチのもとで内紛が蒔かれ、育っていった。ダジボーグの孫の暮らしは滅び、公たちの争いのうちに人の命は縮まった。
第65句
そのころルーシの地では、農夫の掛け声はまれにしか響かず、ワタリガラスがしきりに鳴いて屍を分け合い、コクマルガラスは自分たちの言葉で語り合って、餌食へ飛び立とうとしていた。
第66句
それはあの戦い、あの遠征でのことだった。だがこのような戦いは聞いたことがない。夜明けから夕べまで、夕べから明け方まで、焼き入れした矢が飛び、サーベルが兜に鳴り、鋼の槍が砕ける、
第67句
知られざる野で、ポロヴェツの地のただ中で。黒い土は蹄の下で骨を蒔かれ、血を注がれた。それは悲しみとなってルーシの地に芽吹いた。
第68句
何が鳴っているのか、何が響いているのか、
第69句
夜明け前のこんな早くに。イーゴリが軍勢を引き返させている。愛する弟フセヴォロドが気がかりなのだ。
第70句
一日戦い、二日目も戦った。三日目の昼近く、イーゴリの軍旗は倒れた。
第71句
ここで兄弟は別れた、流れの速いカヤーラの岸で。
第72句
ここで血の酒が尽きた。
第73句
ここで勇敢なルーシの子らは宴を終えた。婚礼の客に酒を飲ませ、自分たちはルーシの地のために倒れた。
第74句
草は哀れみにうなだれ、木は悲しみに地へ傾いた。
第75句
兄弟たちよ、もはや楽しくない時が来た。荒野が軍勢を覆ってしまった。
第76句
ダジボーグの孫の軍勢に、侮辱が立ち上がった。それは乙女の姿でトロイアンの地に踏み入り、ドンのほとりの青い海で白鳥の翼を打ち鳴らし、豊かな時代を追い払った。公たちの争いは、
第77句
異教徒に対する戦いを滅ぼした。兄弟が兄弟に言ったのだ、「これはわがもの、あれもわがものだ」と。公たちは小さなことを大きなことのように言い立て、自分たちで自分たちに向けて内紛を鍛えた。
第78句
そして異教徒たちは四方からルーシの地へ、勝利をたずさえてやって来た。
第79句
おお、鷹は遠くまで飛んでいった、鳥たちを海へと追い立てて。
第80句
そしてイーゴリの勇敢な軍勢は、もう蘇らない。
0510
ルーシの嘆き
第81句
そのあとをカルナとジュリャが叫びながらルーシの地を駆け抜け、
第82句
炎の角から人々に燃えさしを撒いた。ルーシの女たちは泣いて言った。
第83句
「もう愛しい夫たちのことを思いに思うことも、心に描くことも、この目で見ることもできない。金も銀も、少しも手に触れることはない」
第84句
兄弟たちよ、キエフは悲しみにうめき、チェルニゴフは災いにうめいた。
第85句
憂いがルーシの地にあふれ、深い悲しみがルーシの地の中を流れた。
第86句
それでも公たちは自分たちで自分たちに向けて内紛を鍛え、
第87句
異教徒たちは勝利をたずさえてルーシの地を荒らし回り、家ごとにリスの皮一枚の貢ぎを取り立てた。
第88句
スヴャトスラフの勇敢な二人の息子、イーゴリとフセヴォロドが、偽りを目覚めさせてしまったのだ。彼らの父、恐るべきキエフの大公スヴャトスラフが眠らせていた偽りを。
第89句
彼は雷雨のような人だった。強い軍勢と鋼の剣で敵を打ち据え、ポロヴェツの地に踏み込み、丘と谷を踏みならし、川と湖をかき濁し、流れと沼を干上がらせた。異教のコビャークを海の入り江から、鉄のようなポロヴェツの大軍の中から、つむじ風のようにもぎ取った。コビャークはキエフの町、スヴャトスラフの広間に倒れた。
第90句
そこではドイツ人もヴェネツィア人も、ギリシア人もモラヴィア人も、スヴャトスラフの栄光を歌い、イーゴリ公を責める。イーゴリは富をポロヴェツの川カヤーラの底に沈め、ルーシの黄金を撒いてしまったのだと。
第91句
そこでイーゴリ公は黄金の鞍から降り、奴隷の鞍に移った。
第92句
町々の城壁は打ち沈み、喜びは萎えた。
0610
スヴャトスラフの夢
第93句
スヴャトスラフは不吉な夢を見た。
第94句
「キエフの丘の上で、この夜、宵の口から、おまえたちは私に黒い屍衣を着せた」と彼は言った。「イチイの寝台の上で。
第95句
憂いの混じった青い酒を私に注ぎ、
第96句
異教の異邦人どもの空の箙から大粒の真珠を私の胸に撒いて、
第97句
私を慰めるのだ。黄金の屋根のわが館では、梁はもう棟木を失っている。
第98句
一晩中、宵の口から、灰色のワタリガラスが鳴き騒ぎ、
第99句
プレスネスクの城外の草地、キサニの森のあたりで鳴いて、青い海のほうへ運ばれていった」
第100句
貴族たちは公に言った。
第101句
「公よ、悲しみがもう心を捕らえてしまった。
第102句
二羽の鷹が父の黄金の座から飛び立ったのだ。トムトロカンの町を探すため、あるいは兜でドンの水を飲むために。だが二羽の鷹の翼はもう異教徒のサーベルに切られて歩くしかなく、その身は鉄の枷につながれた。
第103句
三日目は暗かった。二つの太陽が翳り、二本の緋色の柱が消え、それとともに若い二つの月、オレグとスヴャトスラフも闇に包まれた。
第104句
カヤーラ川で闇が光を覆った。
第105句
ルーシの地にポロヴェツが豹の子らのように広がった。二人は海に沈み、ヒノヴァに大きな勢いを与えた。
第106句
すでに誉れの上に謗りが降り、
第107句
すでに自由の上に隷従が襲いかかり、
第108句
すでにディヴは地に身を投げた。
第109句
見よ、ゴートの美しい娘たちが青い海の岸で歌い出した。ルーシの黄金を鳴らしながら、ブスの時代を歌い、シャルカンへの復讐をいつくしんでいる。
第110句
そして私たち従士は、もう喜びに飢えている」
0710
金言
第111句
そのとき大スヴャトスラフは、涙の混じった黄金の言葉をこぼして言った。
第112句
「おお、わが甥たち、イーゴリとフセヴォロドよ。おまえたちはあまりに早く、剣でポロヴェツの地を苦しめ、自分の栄光を求め始めた。だがその勝ち方に誉れはなかった。誉れなく異教の血を流したのだから。
第113句
おまえたち二人の勇敢な心は硬い鋼で鍛えられ、大胆さで焼きを入れられている。
第114句
この銀色の白髪の私に、おまえたちはこんなことをしてくれたのか。
第115句
私はもう、強く、富み、多くの兵を持つわが弟ヤロスラフの力を見ることがない。チェルニゴフの重臣たち、モグト、タトラン、シェリビル、トプチャク、レヴグ、オリベルの部族とともにある弟の力を。彼らは盾も持たず、靴に差した短刀と鬨の声だけで軍勢を打ち負かし、曽祖父の栄光を響かせる。
第116句
だがおまえたちは言った、『自分たちだけで男らしくやろう。先の栄光は自分たちで奪い取り、後の栄光は自分たちで分け合おう』と。
第117句
兄弟たちよ、老いた者が若返るのは不思議なことだろうか。
第118句
鷹は羽の生え変わるころ、鳥たちを高く追い上げ、自分の巣を辱めさせはしない。
第119句
だが、公たちが私に手を貸さないのが災いだ。
第120句
時は裏返しになってしまった。
第121句
見よ、リムではポロヴェツのサーベルの下で人々が叫び、ウラジーミルは傷の下にいる。
第122句
グレブの子に悲しみと憂いを。
第123句
大公フセヴォロドよ。遠くから思いを馳せて飛び来たり、父の黄金の座を守ろうとは思わないのか。
第124句
おまえならヴォルガを櫂で撒き散らし、ドンを兜で汲み干せるのに。
第125句
おまえがここにいたなら、女奴隷は一ノガタ、男奴隷は一レザナの値で売られていただろう。
第126句
おまえなら陸の上からでも、グレブの勇ましい息子たちを生きた火矢のように放てるのに。
第127句
おまえたち、猛るリューリクとダヴィドよ。おまえたちの黄金の兜が血の中を泳いだのではなかったか。
第128句
おまえたちの勇敢な従士たちが、焼き入れしたサーベルに傷ついた雄牛のように、知られざる野で吠えたのではなかったか。
第129句
主君たちよ、黄金の鐙に足をかけよ。この時代の侮辱のために、ルーシの地のために、猛るスヴャトスラヴィチ、イーゴリの傷のために。
第130句
ガーリチのヤロスラフ・オスモムィスルよ。おまえは黄金を打ち延べた座に高く座り、鉄の軍勢でハンガリーの山々を支え、王の道をふさぎ、ドナウの門を閉ざし、雲を越えて重い石を投げ、ドナウまで裁きを行っている。
第131句
おまえの威嚇は国々を流れていく。おまえはキエフの門を開き、父の黄金の座から、遠い国々のスルタンを射る。
第132句
主君よ、コンチャークを、異教の奴隷を射よ。ルーシの地のために、猛るスヴャトスラヴィチ、イーゴリの傷のために。
第133句
そしておまえたち、猛るロマンとムスチスラフよ。勇敢な思いが、おまえたちの心を戦へ運んでいく。
第134句
おまえは大胆さのうちに高く舞い上がって戦へ向かう、風に翼を広げ、猛々しく鳥を打ち倒そうとする鷹のように。
第135句
おまえたちはラテンの兜の下に鉄の胸当てをつけている。それによって大地は震え、多くの国々、ヒノヴァも、リトアニアも、ヤトヴャグも、デレメラも、そしてポロヴェツも投げ槍を投げ捨て、その鋼の剣の下に頭を垂れた。
第136句
だがイーゴリ公よ、太陽の光はもう翳り、木は不吉にも葉を落とした。
第137句
ロシ川とスラ川沿いの町々は分け取られた。イーゴリの勇敢な軍勢は、もう蘇らない。
第138句
公よ、ドンがおまえを呼び、公たちを勝利へ呼んでいる。
第139句
オレグの一族の勇敢な公たちは戦の支度を整えた。
第140句
イングヴァリとフセヴォロド、そして三人のムスチスラヴィチたちよ。卑しくない巣の六翼の鷹たちよ。おまえたちは勝利によらないくじで自分の領地を奪い取ったのか。
第141句
おまえたちの黄金の兜も、ポーランドの投げ槍も、盾も、どこにあるのか。
第142句
鋭い矢で野の門をふさげ。ルーシの地のために、猛るスヴャトスラヴィチ、イーゴリの傷のために」。
第143句
スラ川はもう銀の流れとなってペレヤスラヴリの町へ流れず、ドヴィナ川は異教徒の叫びの中、恐ろしいポロツクの民のもとを沼となって流れる。
第144句
ヴァシリコの子イジャスラフだけが、鋭い剣でリトアニアの兜を打ち鳴らし、祖父フセスラフの栄光をつかみ取った。そして自らも緋色の盾の下、血まみれの草の上で、リトアニアの剣に打ち倒された。彼は死の寝床で、
第145句
こう言った。
第146句
「公よ、おまえの従士たちを鳥が翼で覆い、獣が血をなめた」
第147句
そこには兄ブリャチスラフも、もう一人の弟フセヴォロドもいなかった。ただ一人、彼は真珠の魂を勇敢な体から、黄金の首飾りを通してこぼした。
第148句
声は沈み、喜びは萎えた。ゴロドノのラッパが鳴る。
第149句
ヤロスラフよ、そしてフセスラフの孫たちみなよ。もう軍旗を下ろし、刃こぼれした剣を鞘に納めよ。
第150句
おまえたちはもう祖父の栄光から転がり落ちたのだから。
第151句
おまえたちは内紛によって、異教徒をルーシの地へ、フセスラフの遺産へ引き入れ始めた。
第152句
争いのせいで、ポロヴェツの地からの暴虐があったのだ。トロイアンの第七の世紀に、
第153句
フセスラフは愛しい乙女をめぐってくじを投げた。
第154句
彼は策略で馬に身を支え、キエフの町へ駆け、槍の柄でキエフの黄金の座に触れた。
第155句
彼は真夜中、獰猛な獣となってベルゴロドから彼らのもとを離れ、青い霧に身を包み、
第156句
朝には破城槌を打ち込んでノヴゴロドの門を開き、ヤロスラフの栄光を打ち砕き、
第157句
ドゥドゥトキからネミガまで狼となって駆けた。ネミガでは人の首で麦束を並べ、鋼の殻竿で打ち、脱穀場に命を置き、体から魂を吹き分ける。
第158句
ネミガの血まみれの岸に蒔かれたのは恵みではなかった。ルーシの息子たちの骨が蒔かれたのだ。
第159句
フセスラフ公は人々を裁き、公たちに町を割り振ったが、自分は夜になると狼となって走り回った。キエフから鶏の鳴く前にトムトロカンまで走り、偉大なホールスの道を狼となって横切った。
第160句
彼のためにポロツクの聖ソフィアで早朝の祈りの鐘が鳴らされ、彼はキエフでその響きを聞いた。
第161句
予言する魂が勇ましい体に宿っていても、彼はたびたび災いに苦しんだ。
第162句
彼のために、予言者ボヤンはかつて思慮深く、こんな添え歌を語った。
第163句
「巧みな者も、賢い者も、鳥のようにすばしこい者も、神の裁きからは逃れられない」
第164句
おお、ルーシの地はうめく、最初の時代と最初の公たちを思い出して。
第165句
あの老ウラジーミルをキエフの山々に釘づけにしておくことはできなかった。
第166句
今、その軍旗はリューリクのものとダヴィドのものとに分かれて立ち、旗の尾は互いにそむき合ってなびいている。
0810
ヤロスラヴナの嘆き
第167句
槍が歌う、
第168句
ドナウのほとりで。ヤロスラヴナの声が聞こえる。見知らぬカッコウとなって、朝早く鳴く。
第169句
「私はカッコウとなってドナウを飛んでいこう」と彼女は言う。
第170句
「ビーバーの毛皮の袖をカヤーラ川に浸し、
第171句
公の血まみれの傷を、その頑丈な体の上で拭おう」
第172句
ヤロスラヴナはプティヴリの城壁の上で朝早く泣いて言う。
第173句
「おお風よ、大風よ。主よ、なぜそんなに激しく吹くのか。
第174句
なぜ疲れを知らぬ翼で、ヒノヴァの矢を私の夫の兵たちに投げつけるのか。
第175句
雲の下で山々に吹き、青い海で船を揺らすだけでは足りなかったのか。
第176句
主よ、なぜ私の喜びを羽毛草の上に吹き散らしたのか」
第177句
ヤロスラヴナはプティヴリの町の城壁の上で朝早く泣いて言う。
第178句
「おお、名高いドニエプルよ。おまえはポロヴェツの地を貫いて岩の山を切り開いた。
第179句
おまえはスヴャトスラフの舟を、コビャークの軍勢のところまで自分の上に揺らして運んだ。
第180句
主よ、私の夫を私のもとへ揺らして運んでおくれ。そうすれば、朝早く海へ向かって彼への涙を送らずにすむのに」
第181句
ヤロスラヴナはプティヴリの城壁の上で朝早く泣いて言う。
第182句
「明るい、三倍に明るい太陽よ。おまえは誰にとっても温かく美しい。
第183句
主よ、なぜ焼けつく光を私の夫の兵たちに注いだのか。水のない野で、渇きが彼らの弓をゆがめ、悲しみが箙をふさいでしまった」
0910
脱出
第184句
真夜中に海が波立ち、竜巻が霧となって進む。神はイーゴリ公に、ポロヴェツの地からルーシの地へ、父の黄金の座への道を示す。
第185句
夕焼けが消えた。イーゴリは眠り、イーゴリは目覚め、イーゴリは思いのうちに、大いなるドンから小さなドネツまでの野を測る。
第186句
真夜中に馬が来た。オヴルルが川の向こうで口笛を吹き、公に悟れと告げる。イーゴリ公はもうここにいてはならない。
第187句
叫びが上がり、大地がとどろき、草がざわめいた。ポロヴェツの天幕が動き出した。
第188句
イーゴリ公はオコジョとなって葦へ跳び、白い鴨となって水へ降り、
第189句
足の速い馬に身を投げ、そこから灰色の狼となって跳び下り、
第190句
ドネツの草地へ走り、霧の下を鷹となって飛び、朝食と昼食と夕食に雁と白鳥を打ち落とした。
第191句
イーゴリが鷹となって飛ぶとき、オヴルルは狼となって走り、冷たい露を体から振り払った。二人は足の速い馬を乗りつぶしていたのだ。
第192句
ドネツは言った。
第193句
「イーゴリ公よ、おまえの誉れは小さくない。コンチャークの憎しみも、ルーシの地の喜びも小さくない」
第194句
イーゴリは言った。
第195句
「おおドネツよ、おまえの誉れは小さくない。おまえは公を波の上に揺らし、銀の岸に緑の草を敷いてくれ、緑の木の陰で温かい霧を着せてくれた。
第196句
水の上では鴨で、流れの上ではカモメで、風の上では黒鴨で、公を見張ってくれた」
第197句
「ストゥグナ川はそうではなかった」と彼は言った。「あの川は細い流れなのによその小川を呑み込んで膨れ、舟を茂みに砕いた。若い公ロスチスラフの前で、ドニエプルの暗い岸を閉ざしたのだ。
第198句
ロスチスラフの母は若い公ロスチスラフを思って泣く」
第199句
花は哀れみにしおれ、木は悲しみに地へ傾いた。
第200句
カササギがさえずったのではない。イーゴリの跡を追って、グザクがコンチャークとともに馬を進めている。
第201句
そのときワタリガラスは鳴かず、コクマルガラスは黙り、カササギはさえずらず、
第202句
蛇だけが這っていた。キツツキは幹を叩いて川への道を示し、ナイチンゲールは楽しい歌で夜明けを告げる。
第203句
グザクはコンチャークに言う。
第204句
「鷹が巣へ飛んでいくなら、鷹の子をわれらの金の矢で射落とそう」
第205句
コンチャークはグザクに言った。
第206句
「鷹が巣へ飛んでいくなら、鷹の子を美しい乙女で絡め取ろう」
第207句
グザクはコンチャークに言った。
第208句
「美しい乙女で絡め取れば、鷹の子もわれらのものにならず、美しい乙女もわれらのものにならず、鳥たちがポロヴェツの野でわれらを打ち始めるだろう」
第209句
ヤロスラフの時代、そしてカガンたるオレグの時代の、スヴャトスラフの歌い手、昔の時代の歌い手ボヤンは、こう言った。
第210句
「頭は肩を離れてはつらく、体は頭を離れては苦しい。ルーシの地もイーゴリなしでは同じだ」
1010
帰還と栄光
第211句
太陽が天に輝く。イーゴリ公はルーシの地にいる。
第212句
娘たちがドナウのほとりで歌う。その声は海を越えてキエフまで巻き上がる。
第213句
イーゴリはボリチェフの坂を上り、ピロゴシチャヤの聖母のもとへ向かう。
第214句
国々は喜び、町々は楽しむ。
第215句
昔の公たちに歌を歌い、それから若い公たちに歌う。歌おう、
第216句
イーゴリ・スヴャトスラヴィチに栄光あれ。猛る雄牛フセヴォロドに、ウラジーミル・イーゴレヴィチに。
第217句
キリスト教徒のために異教の軍勢と戦う公たちと従士たちに、健やかであれ。
第218句
公たちに栄光を、従士たちにも。アーメン。
