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ムアッラカ現代日本語訳

この本の概要

ムアッラカ

現代日本語訳

止まれ、二人よ。恋しい人と、消えた宿営の跡を思って泣こう。キンダの公子イムル・アル=カイスが、砂に残る足跡と雨と馬をうたった、ムアッラカート七篇の第一。前6世紀アラビアのカスィーダ。

『ムアッラカ』の表紙
『ムアッラカ』の表紙

この本の概要

ムアッラカ

現代日本語訳

止まれ、二人よ。恋しい人と、消えた宿営の跡を思って泣こう。キンダの公子イムル・アル=カイスが、砂に残る足跡と雨と馬をうたった、ムアッラカート七篇の第一。前6世紀アラビアのカスィーダ。

0107

廃墟

第1バイツ

止まれ、二人よ。恋しい人と、その住まいの跡を思って泣こう。ダフールとハウマルのあいだ、うねる砂丘の尽きるあたりで。

第2バイツ

タウディフからミクラートへと続くその跡は、南風と北風が砂を織り重ねても、まだ消えずに残っている。

第3バイツ

その空き地や窪地には白い鹿の糞が散らばり、胡椒の粒をまいたように見える。

第4バイツ

別れの朝、皆が荷を積んで発った日、わたしは集落のアカシアのかたわらで、コロシントの実を割る者のようだった。

第5バイツ

連れの者たちは乗り物を止めてわたしを囲み、口々に言った。悲しみに身を滅ぼすな、気を確かに持て、と。

第6バイツ

わたしの癒しは、流し尽くす涙のほかにない。だが消えかけた住まいの跡に、すがれるものなどあるだろうか。

第7バイツ

いつもの癖だ。今の人より前にも、ウンム・アル=フワイリスと、マアサルにいたその隣人ウンム・アル=ラバーブに、同じことをした。

第8バイツ

ふたりが立ち上がると、麝香の香が匂い立った。丁子の薫りを運んでくる東風のそよぎのように。

第9バイツ

恋しさに目から涙があふれ、胸へ流れ落ちて、剣を吊る帯まで濡らした。

0207

ダーラ・ジュルジュル

第10バイツ

あの女たちとは良い日をいくつも過ごした。とりわけ忘れがたいのは、ダーラ・ジュルジュルの日だ。

第11バイツ

乙女たちのために、乗ってきた駱駝を屠った日もあった。その鞍を娘たちが担いで運ぶとは、なんと不思議なことか。

第12バイツ

日暮れのナジュドの砂地で、乙女たちが駱駝の肉を投げ渡し、骨白の脂身が小さな焚火のそばで白絹の房のように光っている
乙女たちの肉

乙女たちは日が暮れるまでその肉を投げ合った。撚り上げた白絹の房のような脂身も。

第13バイツ

ウナイザの駕籠、あの帳の中へ入り込んだ日もあった。彼女は言った。禍いだ、あなたはわたしを歩かせる。

第14バイツ

砂丘の中を進む駱駝の駕籠が二人の重みで傾き、帳の中の女が枠へ手をつき、外側の男が降りずに支えている
傾く駕籠

駕籠がふたりの重みで傾くと、彼女は言った。イムル・アル=カイス、駱駝がつぶれてしまう、降りて。

第15バイツ

わたしは答えた。進ませるがいい、手綱をゆるめて。そして、幾度でも味わえるあなたの果実から、わたしを引き離さないでくれ。

第16バイツ

あなたのような女なら、身ごもった人のもとにも夜通ったし、乳をやる母の心を、お守りを提げた一つ子からそらせたこともある。

第17バイツ

背後で子が泣けば、母は半身だけそちらへ向けた。だが、わたしの下にあるもう半身は、離れることがなかった。

0307

ファーティマ

第18バイツ

砂丘の背で、あの人がわたしを拒んだ日もあった。解かぬと言い切る誓いまで立てて。

第19バイツ

ファーティマ、待ってくれ。その焦らしはほどほどにしてくれ。わたしと切れると決めたのなら、せめて美しく別れよう。

第20バイツ

わたしの性分がどうしても気に障るのなら、あなたの衣からわたしの衣を引き抜けばいい。するりと解けて離れよう。

第21バイツ

あなたへの恋がわたしを殺しかけていること、あなたが命じさえすればこの心が何でも従うこと。それで思い上がったのか。

第22バイツ

あなたが涙をこぼすのは、その双の矢で、砕けて息も絶えだえの心の欠片を、さらに射抜くためでしかない。

0407

夜の訪れ

第23バイツ

帳の奥深く、誰もその天幕をうかがえない卵のような娘とも、急かされることなく、心ゆくまで戯れを楽しんだ。

第24バイツ

彼女のもとへは、見張りの男たちをかいくぐって忍んだ。人知れず葬れるものなら、わたしを殺したくてたまらない一族の間を。

第25バイツ

深夜の砂漠で、すばるが飾り帯の骨白の玉のように斜めに連なり、帳のそばで人が衣を脱ぎ、遠い稜線に見張りが立っている
すばる

すばるが空へ斜めに姿を見せるころだった。玉をはさんで連ねた飾り帯が、うねって垂れるように。

第26バイツ

行ってみると、彼女は帳のかたわらで、眠るために衣を脱いだところだった。身にはただ、ゆるい部屋着ひとつ。

第27バイツ

彼女は言った。神にかけて、あなたには打つ手がない。その迷いようが晴れるとも、わたしには思えない。

第28バイツ

わたしは彼女を連れ出した。彼女は歩きながら、模様を織り出した外衣の裾を後ろへ引き、ふたりの足跡を消していった。

第29バイツ

一族の集落の広場を抜けた。うねり重なる砂丘に抱かれた低地が、ふたりを脇へ折れ込ませた。

第30バイツ

わたしが髪の両の房に手をかけて引き寄せると、彼女はしなだれかかった。腰は細く、足環の巻くあたりはふくよかだった。

第31バイツ

彼女がこちらへ振り向くたび、その香りが匂い立った。丁子の薫りを乗せてくる東風のそよぎのように。

第32バイツ

ほっそりとして色は白く、腹はゆるんでいない。胸元は鏡のように磨き上げられている。

第33バイツ

白にほのかな黄のさした、駝鳥の最初の卵のようだ。誰にも踏み荒らされない清い水が、それを育てた。

第34バイツ

顔をそむけては、なめらかな頬をふとのぞかせる。ワジュラの野で子を連れた獣のまなざしで、身を守りながらこちらを見る。

第35バイツ

首は白い鹿の首のようだ。もたげても長すぎるということがなく、飾りを欠いてもいない。

第36バイツ

背を飾る髪は炭のように黒く、房なして実る棗椰子の果穂のように豊かだ。

第37バイツ

編んだ髪は高く結い上げられ、結い紐は、折り重ねた束と垂らした束のあいだで迷子になる。

第38バイツ

腰は撚り紐のように細く締まり、脛は、水を引かれてしなやかに育った水辺の茎のようだ。

第39バイツ

朝になっても寝床には麝香の粉が散り、彼女は日の高くなるまで眠る。部屋着の上に帯を締めることもない。

第40バイツ

差し伸べる指は柔らかく、節くれだってはいない。砂地にすむ白い虫のよう、また灌木を削った楊枝のようだ。

第41バイツ

宵闇の中で、彼女はあたりを照らす。俗を断った修道士の、夜ごとの灯のように。

第42バイツ

娘の短衣と女の長衣のあわい、すらりと伸びた盛りの姿。あのような人には、分別を積んだ男さえ、恋い焦がれて見入ってしまう。

第43バイツ

男たちの盲いた迷いは、若い恋とともにいつか醒める。だがわたしの心は、あなたへの想いから抜け出せないままだ。

第44バイツ

あなたのことで食い下がる強情な相手を、幾人も追い返した。真心から忠告し、責めるとなれば手をゆるめない男たちを。

0507

長い夜

第45バイツ

海の波のような夜が、その帳を幾重にもわたしの上へ下ろした。ありとあらゆる憂いを連れ、わたしを試すために。

第46バイツ

夜がその背骨を伸ばし、尻の重みを引きずり、胸でのしかかってきたとき、わたしは夜に向かって言った。

第47バイツ

長い夜よ、いいかげん朝に明けてくれ。もっとも、朝になったところで、おまえよりましとも限らないが。

第48バイツ

長い夜の下で星々が細く固く撚った綱によって黒い岩山へ結ばれ、巨大な夜の背と胸が砂上の小さな人影へ迫っている
綱の星

おまえは、なんという夜だ。その星々はことごとく、固く撚った綱でヤズブルの岩山につながれているかのようだ。

第49バイツ

すばるまでが、亜麻の綱で固い岩に結ばれ、その定めの場所に吊り止められているかのようだった。

0607

馬と狩り

第50バイツ

鳥がまだ巣にいる朝まだき、わたしは狩りに出る。短い毛並みの、骨太で大きな馬に乗って。野の獣たちを、その速さだけで縛り上げる馬だ。

第51バイツ

朝まだきの砂地を鹿毛の馬が一枚岩のような勢いで駆け、鞍下の毛氈が滑りかけ、手前の低木の巣で鳥が伏せている
一枚岩の馬

攻めては引き、向かっては返す、それがひとつの動きのうちにある。高みから鉄砲水が突き落とす一枚岩さながらに。

第52バイツ

鹿毛で、その背の峰からは鞍下の毛氈さえ滑り落ちる。すべらかな岩が、落ちる雨水を滑らせるように。

第53バイツ

泳ぐように駆ける馬たちが疲れ、踏み固めた地面に土埃を蹴立てるころにも、この馬は走りを惜しまず注ぎ出している。

第54バイツ

痩せて締まった体で、しかも滾り立つ。体の内で熱が沸き立つときの唸りは、煮えたぎる釜の音そのものだ。

第55バイツ

身の軽い少年さえ、その背から滑り落とす。手荒く重い乗り手なら、衣ごと振り飛ばしてしまう。

第56バイツ

回りやまぬ様は子どもの独楽のようだ。結び継いだ糸を両の手で操り、勢いをつけて回す、あの独楽の速さだ。

第57バイツ

脇腹は鹿、脚は駝鳥。狼のゆったりした駆け足と、子狐の軽い小走りとを併せ持つ。

第58バイツ

身をひねるとき、その両肩は、花嫁の香料を磨りつぶす石か、コロシントを砕く石板のように見える。

第59バイツ

鞍も手綱も着けたまま、馬は夜を明かした。放しもせず、わたしの目の前に立たせたままで。

第60バイツ

やがて野牛の群れが現れた。その雌牛たちは、裾を長く引く白衣で神像ドゥワールを巡る乙女たちのようだった。

第61バイツ

雌牛たちは身を翻した。父方にも母方にも誉れ高い縁者を持つ少年の首の、玉をはさんで連ねた縞瑪瑙の頸飾りのように。

第62バイツ

馬はわたしたちを先頭の群れへ追いつかせた。後ろでは、出遅れた牛たちが、まだ散らばりもせずひと塊に固まっていた。

第63バイツ

馬は雄牛と雌牛をひと駆けのうちに続けざまに捉えた。しかも、洗い流すほどの汗ひとつかいていない。

第64バイツ

肉を料理する男たちは立ち働きどおしだった。石に並べた薄切りを炙る者、鍋で手早く煮上げる者。

第65バイツ

日暮れて、わたしたちは引き上げた。馬は頭を振り立てて歩む。その姿を目でのぼれば、視線はまた下へと滑り降りる。

第66バイツ

先頭の獲物たちの血が、その胸元を染めていた。梳りそろえた白髪に置いた、ヘンナの搾り汁のように。

第67バイツ

後ろから眺めれば、脚のあいだの隙間を、地すれすれまで垂れる豊かな尾がふさいでいる。垂れて、どちらへも偏らない尾だ。

0707

雷雨

第68バイツ

ハーリスよ、あの稲妻が見えるか。その閃きを見せてやろう。重なりそびえて冠を頂いた雲の中、両の手がさっとひらめくようだ。

第69バイツ

その光が照り映える。撚った灯芯へ油を傾け注いだ、修道士の灯し火のようにも見える。

第70バイツ

わたしは連れの者たちと、ハーミルとイカームのあいだに座ってそれを見守った。見つめる先は、はるかに遠かった。

第71バイツ

雷雨の岩場で冠のような黒雲から両手のように稲妻が走り、アカシアが地へ伏せ、前脚の白い山羊が斜面を下りている
雷雨の山羊

朝には、雲はひとしきりごとに水を叩きつけ、アカシアの大樹を顎から突っ伏すようになぎ倒していった。

第72バイツ

タイマーでは、棗椰子の幹を一本も立てて残さなかった。砦も、石を積んで固めたもののほかは。

第73バイツ

朝方、ムジャイミルの頂は、濁流と流れ寄る屑にぐるりと巻かれ、糸くずをまとった紡錘の円盤のようだった。

第74バイツ

アバーンの山は、幾筋にも垂れる雨脚の中で、縞織りの外套にくるまった一族の長老のようだった。

第75バイツ

雲はガビートの荒野へ、その積み荷を投げ下ろした。行李を積んだイエメンの商人が、そこに降り立つように。

第76バイツ

朝まだき、水びたしの果ての果てには、溺れた獣たちが浮かんでいた。引き抜かれて散らばる、野の玉葱の根のように。

第77バイツ

雲行きを見定めれば、雨脚の右はカタンへ、左はシタールからヤズブルの上へ降りそそいでいる。

第78バイツ

夜とともに、雲はバイサーンへ胸を伏せた。そして、前脚の白い山羊たちを、あらゆる岩の住み処から追い下ろした。

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