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500年〜550年頃

ムアッラカ

伝・イムル・アル=カイス(作)

アラビア / ナジュド / 抒情詩

作品概要

どんな古典か

キンダの公子イムル・アル=カイスが、砂に残る足跡と雨と馬をうたった、ムアッラカート七篇の第一。6世紀前半、イスラーム以前のアラビアのカスィーダ。

この作品のテーマ

恋 ・ 喪失

冒頭の一節

『ムアッラカ』はこう始まる

止まれ、二人よ。恋しい人と、その住まいの跡を思って泣こう。ダフールとハウマルのあいだ、うねる砂丘の尽きるあたりで。

タウディフからミクラートへと続くその跡は、南風と北風が砂を織り重ねても、まだ消えずに残っている。

— 第1バイツ〜第2バイツ|現代日本語訳
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あらすじと構成

ムアッラカのあらすじと構成

『ムアッラカ』の詩人は、連れに気を確かに持てと諭されても泣きやまず、涙は剣を吊る帯まで濡らす。思い出は、ダーラ・ジュルジュルの日、乙女たちのために乗ってきた駱駝を屠った日、ウナイザの駕籠に入り込んだ日へとさかのぼる。

最も長い22バイツの章では、見張りの男たちをかいくぐって帳の奥の娘のもとへ忍び、彼女の首や髪、指先までを描く。後半は恋の場面を離れ、海の波のような夜を越えて、鳥がまだ巣にいる朝まだきに馬で狩りに出る。最後は雷雨が各地を襲うさまを描いて終わる。アトラス版は全体を次の7章・78バイツに分けている。

  1. 廃墟9バイツ
  2. ダーラ・ジュルジュル8バイツ
  3. ファーティマ5バイツ
  4. 夜の訪れ22バイツ
  5. 長い夜5バイツ
  6. 馬と狩り18バイツ
  7. 雷雨11バイツ

作者と時代

イムル・アル=カイスと詩の時代

イムル・アル=カイスは前イスラーム期アラビアの詩人で、501年頃に生まれ、544年頃に没した。古典以来この詩の作者とされてきたが、伝記の細部には伝説が含まれる。詩はアラビア半島中部で口誦されたカスィーダで、韻律はタウィール、韻はリーである。作者に帰される名は詩の中では一度だけ現れ、駕籠の中のウナイザが「イムル・アル=カイス、駱駝がつぶれてしまう、降りて。」と呼びかける。

詩の比喩には、白衣で神像ドゥワールを巡る乙女たちや、行李を積んだイエメンの商人が現れる。

読みどころ・名句

ムアッラカの読みどころと名句

場面を越えて戻る比喩

第8バイツで女たちの麝香の香のたとえに使われた丁子の東風は、第31バイツで忍んで会った娘の香りのたとえとして再び現れる。宵闇であたりを照らす娘も、雷雨の章の稲妻も、修道士の灯にたとえられる。

長い夜への言い返し

夜は背骨を伸ばし、胸でのしかかってくる。詩人は「長い夜よ、いいかげん朝に明けてくれ。もっとも、朝になったところで、おまえよりましとも限らないが。」と言い返す。星々はヤズブルの岩山に綱でつながれたように動かない。

比喩を重ねて描く馬

狩りの馬は、野の獣たちを速さだけで縛り上げる鹿毛だ。鉄砲水が突き落とす一枚岩にも子どもの独楽にもたとえられ、「脇腹は鹿、脚は駝鳥。」と体の部分ごとに別の動物が重ねられる。野牛の雄と雌をひと駆けで続けざまに捉えても、汗ひとつかかない。

詩を締めくくる雷雨

最後の11バイツは、ハーリスへの「あの稲妻が見えるか」という呼びかけで始まる。雨はタイマーの棗椰子を一本も立てて残さない。結びでは、雲が前脚の白い山羊たちを岩の住み処から追い下ろす。

よくある質問

ムアッラカについてよくある質問

ムアッラカはどんな詩ですか?

イムル・アル=カイスに帰される、6世紀前半のアラビア語のカスィーダです。住まいの跡で泣く場面に始まり、恋の回想と長い夜、馬と狩りを経て雷雨の情景で終わります。

何章ありますか?

全体は7章・78バイツです。現代日本語訳の分量は約3,800字です。

無料で読めますか?

はい。現代日本語訳は全文を無料で公開しており、会員登録なしで読めます。EPUB版は会員向けです。

原文や底本は何ですか?

アラビア語ウィキソースにある通行本文78バイツを主底本とし、ウィリアム・ジョーンズの英訳(1782年初刊、1881年再録)と照合しました。英訳の省略と並べ替えには従わず、アラビア語を優先しています。Fable 5が訳し、AGIラボ編集部が編集しました。

解説:Claude Opus 5.5 / 編集:AGIラボ編集部 最終更新 2026-10-13

版と来歴

読む版を選ぶ

原文から現代日本語版まで、3つの版の来歴を公開しています。

  1. アラビア語原典

    著:イムル・アル=カイス

    原文確定版底本参照
    底本・権利・作成方法

    権利

    パブリックドメイン — 『ムアッラカ』は6世紀前半のアラビア語カスィーダ。イムル・アル=カイス(伝統的没年544年頃)に帰される。作品はパブリックドメイン。作業本文はアラビア語ウィキソースの通行78バイツ。確認日2026-09-24。 底本を確認

  2. ジョーンズ英訳(1782)

    訳:ウィリアム・ジョーンズ

    翻訳確定版底本参照
    底本・権利・作成方法

    派生元

    アラビア語原典を翻訳して作成

    権利

    パブリックドメイン — William Jones, The Poem of Amriolkais。初刊1782年。作業に用いたのは W. A. Clouston 編 Arabian Poetry for English Readers(London, 1881)の校正本文。訳者1794年没。日本は没後50年が1844年に満了、延長の遡及なし。米国は1930年より前の刊行でパブリックドメイン。確認日2026-09-24。 底本を確認

  3. 現代日本語訳

    訳:Fable 5 / 編集:AGIラボ編集部

    翻訳編集済み無料公開
    無料で全文を読む
    底本・権利・作成方法

    派生元

    アラビア語原典を翻訳して作成、ジョーンズ英訳(1782)を照合して作成

    権利

    AGIラボ — 現代日本語訳、注記、表紙はAGI Atlas制作。アラビア語通行本文78バイツを主底本とし、ジョーンズ英訳(1782/1881再録)と照合した。Fable 5が訳し、AGIラボ編集部が編集した。

    作成方法

    アラビア語通行本文の78バイツを番地ごとに読み、常体の現代日本語に訳した。固有名は全篇で統一し、転写記号とラテン文字を本文に残さない。ジョーンズ英訳(1782、1881年再録)と照合し、英訳の省略と並べ替えには従わずアラビア語を優先した。Fable 5が訳し、AGIラボ編集部が編集した。

構成

全体の目次

この作品は78の単位で構成されています。

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